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杭州にいたアノ人は今!!住川 希


名前:住川 希  ローマ字名: SUMIKAWA NOZOMI
勤務地: 中国では杭州市内ののち下沙 現在は静岡県内
趣味:カプセルホテル巡り、資格取得

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「思い返せば私の青春」
 
■杭州に行ったきっかけ
 私が杭州に住んでいたのは2009年~2013年の4年半です。美術大学卒業後、就活で箸にも棒にもかからなかった私に、当時杭州に駐在していた父が、日本語教師の仕事を紹介してくれたことがきっかけでした。日本語教師の仕事は1年で辞めましたが、その後ローカル企業に転職してからの仕事とプライベートが非常に楽しく、ずっと杭州にいられたら…と思っていました。しかし29歳になった年に「1度くらいは日本で就職した方がよいか」と思い立って帰国し、今に至ります。杭州に住んだ期間よりも帰国後の期間の方が長くなってしまった為、思い出せない事もありますが、特に印象深い事や、日中の相違点と感じた部分(あくまで私の主観ですが)を書き綴ろうと思います。
 
■仕事について
 私は、杭州に行くまでバイト以外の就労経験がなく、初めて就職した会社が杭州の現地企業でした。そのため杭州で働いていた頃よりも帰国後に日本企業で働き始めた時、何となくカルチャーショックを感じることが多かったです。
例えば、言語の違いのせいもあるかもしれませんが、杭州にいた頃は「自分の意見を率直に言う」「是か非かハッキリさせる」ことが重要と思っていました。しかし日本ではハッキリした物言いは角が立つことも多く、敢えて曖昧に伝えることも時には必要のようで、これにはいまだに、もどかしさを感じます。
また、中国では転職のハードルが日本より低く、やりたい事や、より良い待遇を求めて転職する人が多かったです。私と同年代の中国人の友人も、自分の能力を高める為に数年のうちに数回、職場を変わっていました。日本はいまだに終身雇用・年功序列の風土が残っており、ステップアップの為の転職は容易ではないので、この点は羨ましく思います。
 
■食生活について
 杭州生活の魅力の一つは、食費が安く、気軽に外食ができたことでした。(今は、当時より多少物価が上がっている事と思いますが…。)これは元々料理が得意でない私にとっては大変うれしく、自炊をしたのは最初の1年間だけで、その後はほぼ外食で過ごしました。元々粉モノが大好きなので「朝は包子、昼は麺、夜はワンタン」のような感じで食費は30元/日くらいに収まっていたと思います。(やや、栄養が偏っていましたが…。)特に懐かしいのは新豊小吃の肉包で、歯ごたえのある包の中の肉団子とスープ(肉汁?)が、2元とは思えないほどの御馳走でした。タピオカミルクティーも週3位で飲んでいました。日本で今、爆発的に流行っているのは嬉しいですが、高すぎますね…(当時杭州では4元/杯くらいでした)。帰国した今は、食費を抑えるため「いかに安く早く作るか」を追求しながら、苦手な料理に取り組んでいます。
 
■人との出会い・交流について
 今思えば、日本ではなかなか出会う事のできない人と知り合うチャンスが豊富だったと思います。ローカル企業で中国人の同僚たちと関わった事はもちろん、日本人会でも様々な業種の方と交流でき、勉強になりました。現在、日本で会社員をしておりますが、なかなか異業種の方と交流するチャンスはないので、貴重な経験だったなあと今になって思います。杭州でいくつかの会やサークルに参加しましたが、どこも皆さん親切で、過ごしやすかったです。ある会に参加すると別の会で会話した人と再び顔を合わせて、そこから交流が深まることもありました。サークルで出会った年齢も職業も違う数名と盛り上がり、一緒に黄山に登ったり北京に行ったりもしました。また、最後に勤めた職場の日本人の先輩2名とは、会社へ行くのも帰りも一緒、しばしば夕飯もご一緒し、色々な相談にのって頂きました。上海など日本人が多い場所とは異なるアットホームな雰囲気が、杭州の日本人コミュニティの良さだったように思います。ちなみに、日本人会の中で特に私がお世話になったのは静岡県人会「八酒八座」です。異国の地で、故郷の話ができる事は嬉しかったですし、会の事務局で出会った方々は私の恩人で、八酒八座がなければ今の自分はないといえる位お世話になりました。杭州NAVIの記事で、今でも会が継続されている事を知り、嬉しく思います。
 
■私にとっての杭州
 今回の文章を書くにあたり、久しぶりに杭州の事を思い返し、楽しい記憶が蘇りました。予定のない週末はほぼ1人で街中を散策していたので、久々に杭州地図を見て、よく行った店や昔住んでいた場所を思い出し、懐かしく思いました。
おそらく私にとって杭州での生活は、学生時代に次ぐ「二度目の青春」だったと思います。知らないこと、やってみたいことがたくさんあり、毎日が冒険のように思えていた日々。常に経験値を増やし、成長できる事が嬉しかったです。
帰国して6年、日本での社会人生活にもだいぶ慣れ(むしろ少し飽き)、3歳の娘に悪戦苦闘し、やりたいことを考える間もないくらい日々忙殺されています。そんな中でも、杭州にいた頃に抱いていた好奇心や日常を楽しむ気持ちは、忘れないようにしたいものです。





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