杭州天気 PM2.5

HOME > ニュース・イベント > 杭州にいたアノ人は今!!中島 正博

杭州にいたアノ人は今!!中島 正博


名前:中島 正博  

ローマ字名:MASAHIRO NAKAJIMA 

勤務地: 滋賀県(当時:蕭山)

年齢:57歳(当時:48~52)

趣味:読書、ポタリング

 

人生の転機に

 

 それは2009年11月末、商品開発の部員であった私が突然部長に呼ばれ「杭州に行ってくれないか?管理職にNoはないけど!」から事は始まりました。中国に行ったこともない私に役員からは「何しに行くんや?」との温かいお言葉をいただき、「自分で考えるんかい!」と突っ込みたいのをグッとこらえ、「完成品の現地生産」とか「現地で技術部を!」とか適当なことを並べ、本心では「50人以上呼んだるねん!」と心に誓った次第です。

 

 準備もそこそこに2010年の春節明けに杭州へ、臭いに敏感な私には現地料理は食べられず、コンビニも入れず、日本から持ち込んだ食材となんちゃって日本食(個人差があります)、それとお酒で体重を減らしながらも何とか生活を始めました。

 

 少し慣れたころ、会社以外には知り合いもなく、少しは幅を広げようといくつかの日本人会に参加させていただきました。特に静岡歴4年だけの私が、おいしい日本酒が飲めるからと参加した静岡県人会では、よそ者扱いされず5年間懲りずにお誘いいただき、大変感謝しております。

 

 また、この機会に中国の文化に触れようと出不精を押して出かけてみましたが、この時、現地の方の親切さに驚きました。浙江大学の学食にチャレンジした際には、学生さんが自分の食事を中断してまでカードの作り方や注文方法を教えてくれたり、また、横店に行こうとした際には、バス券販売の服務員が長距離バスの運転手に到着後にターミナルからチケット販売所までのタクシー代を託してくれたりと、思いやりある対応をいただき感謝しきりでした。多くの中国人が来日するようになった今日この頃、日本人はどうなんでしょう。

 

 仕事では言葉にも苦労しましたが、日本のように計画に沿って着実に進むことはなく、空回りを繰り返し、遠回りしながらも、2年目には現地スタッフや国内からの支援により何とか形にはなりました。そんな中、きっちり詰めたつもりでもすぐ綻びが生じ、原因追及したり、自主性に任せたりしながら、いい加減さを学びました。

 

 1$約79円という強烈な円高に突入する中で、日本ではコストと開発スピードを最重要視、さらに綿密な計画や進捗管理を要求され、失敗できない風潮がはびこることとなり、日本の技術者、さらには日本全体の息苦しさ、生きにくさを強く感じました。今から考えると、すっかり大陸的な考え方になっていたのでしょうか。

 

 中国で養われたいい加減な人格(持前と指摘する方もいますが)のおかげで、お一人様海外旅行に行けるようになりました。言語脳がスカスカの私は、ジェスチャーと下手な絵(中国では筆談も)でしか意思を伝えられず困ってばかりですが、飴ちゃんと駒を回して愛想を押し売りしながら、たまに旅行=修行しております。

 

 また最近、高校時代の同級生と近江鉄道の存続をキーワードにワークショップを始めました。ビジネス開業に関する講義やおいしいコーヒーの淹れ方、絵はんこにガリ版と支離滅裂ではありますが、地域貢献と自己満足のため、何とか継続しています。一度、Facebookをご覧ください。 https://www.facebook.com/higashiomi.k.project/

 

 大陸を離れ数年がたち、業界は変わりましたがまた商品開発に戻り、初めての業界に戸惑いながらも首を繋ぎながら務めております。このような状況の中、最近頻繁に感じるのが、良い意味でのいい加減さの必要性です。優秀な方は沢山いますが、何事もきっちりこなすことに労力と精神を費やし満足し、肝心な課題から目をそらしているように感じます。自分自身のことでもありますが、もっと肩の力を抜いて日々はほどほどに、将来に向けた思考を展開したいものです。

 

 折角の中国、良い意味のいい加減さや大胆さを身に着ける機会と置き、1ランクも2ランクも上の視点で考えることを実践してはどうでしょうか。

 

 あと、中国語は勉強しておくのに損はないですね(後悔しきり)、話さなくとも。



ホームページに戻す登録後、資料のダウンロードなどの操作を行う。