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杭州にいたアノ人は今!!村田 麻衣


名前:村田 麻衣(旧姓:佐々木)

ローマ字名:MURATA MAI

勤務地: 在宅

出身大学:南山大学・浙江大学

趣味:旅行など  

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1.杭州と関わることになったきっかけ 2002年
 高校の卒業時に進路を決める際、外国語を勉強したい気持ちがありました。何語を学ぼうかと考えた時、仕事でよく中国に行く父から聞いていた話を思い出したことと、当時はまだ学ぶ人の少なかった中国語に興味を持ち、中国語をメインで学ぶ学科のある大学に進みました。
 今となっては何で杭州を選んだのか思い出せないのですが(父か、教授からの勧めだったような。)、ご縁あり、通う大学と交流のあった浙江大学に3年生の時から1年間留学しました。現地に着いてから、本場の「你好」を聞いた時に感動した記憶があります。(笑)とにかく、日本とは全然違う環境で、毎日が新鮮でした。この時に知り合った友人たちは、今でも特別な存在です。
2.2回目の杭州
 留学後、杭州へ卒業旅行をした際に出会った方から頂いたご縁で、杭州のホテルで働くことに。ホテルには駐在員、出張者、観光客など、日本人のお客様がたくさん滞在されていたので、私はその方たちのケアをしながら日中は法人営業をしていました。
 日本人従業員はたった一人だったので不安はあったのですが、逆にローカルのスタッフが私のことを気遣ってくれて、食事や遊びに誘ってくれたりなど、想像以上に楽しく過ごさせてもらいました。
 夜、仕事が終わってから夜宵を食べに行ったり、時には自宅に招待してもらったり、現地の若い子たちの日常に自分も混ぜてもらうことができたことは、非常に貴重な体験だったなと思います。
 この2回目の杭州時代に、共通の知り合いを通して、今の大親友と出会いました。彼女も杭州で働いており、最初は気が合わないなあ、とお互い思っていたのですが(笑)、
 1か月も経たないうちに家族同然になっていました。彼女との出会いが私の人生の方向を変えたと思います。
3.3回目の杭州
 暫くしてホテルを辞めた後、日本へ帰国しました。帰国後は、日本で中国語人材に仕事を紹介するカウンセラーの仕事をしていたのですが、上記の彼女から、杭州で人材を探している日系企業があるので、もう一度戻ってこないかと誘われました。日本で落ち着こう、と思って日本に帰国したのですが、中国を離れるとやっぱりまた戻りたくなる。
 結局、面接を受けることに決め、採用していただけることになりました。ホテルで働いていた時はホテル住まいだったのですが、現地での物件探しは結構面白かったですね。同じマンションでも、大家さんの趣味によって全然雰囲気も違うし、同じ値段でも広さが全然違ったり。
 トイレの真上の天井に固定のシャワーがある家を見た時は、シャワーをどうやって浴びるのか、非常に疑問に思いました。(笑)
4.上海への転勤
1年経った頃、杭州事務所をたたむことになったので、上海へ異動に。そして、外高橋保税区の勤務になりました。毎日現場でスタッフとやり取りしていると、時には言い合いになりますが、とにかく中国の人は早口で物言いに勢いがある。それに負けないようにしているうちに、中国語が伸びたような気がします。
 プライベートはというと、杭州時代の時と変わらず、親友とつるんでいました。お互いに毎週上海杭州を行ったり来たりして、夜な夜な出かけるだけの週末を何年も続けました。(笑)高鉄は本当に便利ですね。昔はバスで何時間もかけて行っていた場所に、半分くらいの時間で着いてしまう。にしても、よく通ったなと思いますが、それだけ杭州が好きだったのだろうなと思います。
 そんな生活を続けているうちに、いろんな人と知り合い、仲良くなりました。年齢層も幅広く、国籍も様々。同じ年くらいの子でも、大金持ちで個室や席を貸し切って派手に遊んでいる子がいれば、そこで働いて田舎の家族に仕送りをし、自分はトイレもお風呂もないような家に住んでる子もいたり。結構、学ぶことも多かったです。
 そういえば、現在、杭州の若者たちがこぞって集まるスポットは余杭にあるそうです。偶然そこで働いている知り合いがいたので、昨年旅行をした時に顔を出しましたが、何でこんな所に??とものすごく驚きました。私が初めて杭州に来た頃は、余杭に夜遊びスポットができるなんて想像もできなかったです。地下鉄ができるなんてことも、西湖や延安路の周りがあんなに発展するなんてことも、考えられもしませんでした。オシャレなお店もいっぱいあり、今の杭州は、もう大都会ですね。本当に、大きく変わりました。
5.現在
 日系企業で働き5年が過ぎる頃、結婚を機に日本に帰りました。日本に帰った後は中国語から離れた仕事をしていたのですが、やっぱり中国語が恋しくなる。そんな時は、華流のドラマを見ていました。
 中国語は、学ぶほど分からなくなり嫌になるのですが、離れると寂しいなと思わせてくる。私にとっては、何ともツンデレな存在です。私が初めて見た華流ドラマは、留学していた時に放送していた「流星花園」だったような?今はご縁をいただき、華流エンタメの字幕翻訳家をしています。Netflixの作品やBS、CSなどの作品に携わっています。
 最近は華流エンタメも韓流に劣らずの人気が出てきていて、携わったドラマが皆さんに楽しんでいただけているのを見ると、とても嬉しいです。
 昔は華流といえば台湾ドラマが多かったのですが、最近は大陸のドラマも本当に面白い。色んな作品がどんどん日本に輸入されてきているので、私自身も楽しみながら訳をつけさせていただいています。ロケ地が杭州のドラマも結構多いですよ!諸先輩方からお仕事をいただけるうちは、頑張り続けたいと思っています。
 今は主人の転勤で上海に住んでいます。少し前に、上海で久しぶりに杭州仲間と飲みに行き、思い出話で盛り上がりました。不思議と、杭州時代に知り合い、一緒に遊んでいた人は身内みたいな感覚があります。これからも、どこかで集まれる仲間でありたいです。
 今でも疲れると、西湖のほとりでボンヤリしたくなることがあります。やっぱり杭州は、私の心の故郷です!

2004年西湖

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